設立物語

これは市本哲也物語ではない。

英語塾 ABCの誕生物語である。

世界に後れを取った日本の英語教育。

英語教師の育成が叫ばれる時代に突入した。

その危機的な教育現場の穴埋めに現れたのが

... 英語塾 ABC。

常識を嫌い、個性を重んじ、高みを目指す。

世界の優秀なエリートたちが講師として集い、

英語を使いたくなる環境を提供することが、

英語塾ABCの最大の武器だ。

 

英語塾 ABC

Part1.
「A Nation At Risk」との出会い

今から10年ほど前、出張に向かう新幹線の中。

ひまつぶしのつもりで買った本を取り出す男がいた。

市本 哲也。

市本は、たまたま開いたページの見出しに心奪われた。

「A Nation At Risk (危機に立つ国家)」。

1983年アメリカ、レーガン大統領の時代、

ベル教育省長官によって設置された諮問機関が提出したレポート。

「わが国は危機に直面している。

かつてのアメリカの商業、 工業、 科学、 技術革新における優位さが、

世界の多くの競争者に奪われようとしている。

そして、その原因が公教育の水準低下にあり、

その改革が国家的政策課題である。」

国家危機をストレートに伝えたこのレポートは、

市本に大変な衝撃を与えた。

市本:教育の重要さを改めて教えられたんだ。

Part2
英語ができると「得」

2008年、市本は楽天に入社する。

英語公用語化への道を突き進んでいた、その頃だ。

管理職は、 TOEIC800点取得することが条件。

市本は、入社早々スコアアップに励むこととなる。

数々のTOEIC対策本を購入した。対策講座も受講した。

しかし、菅理職に課せられた義務はこれだけではない。

会議も英語で行わた。

特に、社長出席の会議前夜は、徹夜で資料を作成した。

英語公用語化で、驚くほどの時間とお金を費やした。

市本には2人の子どもがいる。長男Xと、長女Y。

小学生の頃、オーストラリアに留学した経験を持つ。

この留学で2人が得たものは、想像以上に大きかった。

英語の勉強に多くの時間を費やさなくていいのだ。

市本は、英語ができることの「有利さ」を痛感する。

Part3
いよいよ、船出

市本は、大阪支社へ赴任することとなった。

大阪でも、英会話スクールや対策講座を熱心に探した。

そして、一人の男に出会った。師・Zだ。

師は、たった1週間で市本のスコアを劇的に上げた。

市本:「これだ、ってそう思ったよ。」

心を揺さぶられ、突き動かされた。それは自信だった。

2013年夏、市本は英語塾 ABCを開校した。

目指したのは、子どもに留学に似た環境を提供する場。

大阪大学外国語学部・英語研究生を講師とした。

みな、海外有名大学に交換留学した者や帰国子女。

そして英検1級/準1級を取得した、英語エリートだ。

さらに、強力な講師が加わった。

ニューヨーク大学大学院政治学研究科修士課程、

大阪大学大学院国際公共政策研究科博士課程を修了、

教授への道を目指している大学院生(現助教)。

カリフォルニア大学バークレー校を卒業し、

日本の医学部への進学を目指す日米ハーフ。

英語がだけでなく、高い教養を持つ講師が揃った。

Part4
新しいトレーニング法

市本は、「留学」に似た環境を作り出すために、

これまでの常識を捨てた。

カタカナ発音、暗記するだけの語彙習得、

英文和訳、日本語の文法用語、

講師が80%も話すという講義型レッスン、

年齢ごとに決められた、みんな同じカリキュラム、

受験や資格取得のためだけの英語。

これらの常識を捨てたのだ。

そして英語教育に関する最新の文献を読み漁り、

英語研究生である講師たちと意見交換しながら、

新しい英語トレーニング法を確立した。

Part5

市本:開校から2年、生徒さんのお母さまから

「(我が子の)英語力が物凄く上がりました!」

と言う、有り難い言葉を頂くことができました。

その後も、留学、英検合格、大学進学、

スピーチコンテストの代表に選ばれるなど、

確実に結果が出てきている。

2020年、日本の英語教育は一変する。

文法や単語の暗記型から、

「聞く、話す、書く、読む」の力が問われる。

これまで経験したことのない時代の到来。

必ず、新しいトレーニング法が必要になる。

市本は、確信している。